新しい働き方  第113回
新潟らしいスタイルで働いている方たちから、コラムを寄稿してもらっています。

花ちゃん、手作り生活を始める
青柳花子さん
(2016-09-21 掲載)
 新潟市出身。高校卒業後、保育の専門学校に通い、卒業後は新潟市内の幼稚園で3年間勤務。こどもたちと共に成長できる環境は、自然体でいられる職場だったが、次第に変化をしていない自分に気付く。生活に区切りをつけるため退職し、迷いながらも「自分らしく暮らしたい。」そんな思いを抱き始めたころ、粟島に出会う。初めて訪れた粟島は『粟島時間』と呼ばれるゆったりとした時間が気持ちよく、移住したいと思うように。2013年移住し、今年9月ゲストハウス『おむすびのいえ』をオープン!

前回は、粟島に出会ったころの自分自身の振り返りのことを書きました。
今回は、粟島に移住してからの生活・気持ちの変化を書きたいと思います。
なんでも作るおばあちゃん
 粟島に住んで驚いたことのひとつに、なんでも自分たちで作ってしまうおばあちゃん達の存在がありました。畑の野良着からカバン、野菜、小屋を作ってしまうほど、とってもパワフル!
 母方の祖父母は農家をしていたものの、私はほとんど手伝うこともなく、野菜を自分で育てた経験はありませんでした。どちらかといえば、スーパーで買うものだと思っていたくらいです。島にはスーパーと呼べるような大きな施設はなく、商店と呼んだ方がしっくりくるお店が、島の人々の生活に必要な日用品を提供しています。
 「身の回りのものは買うもの」と思っていた私は、粟島で暮らすうちに、「買うのではなく、自分で作れるものは作る」、そんなおばあちゃん達の暮らし方に惹かれていきました。
ページトップ
時間をかけて作る暮らし
 ちょうどその頃、早川ユミさんという方の「種まきノート」という一冊の本に出会いました。
 衣食住を自分の手で作り上げ、どんどん手を加えることで心地よい暮らしを築いているユミさん。ご主人は陶芸をされていて、お弟子さんやご友人も一緒に食べるわいわいとしたごはんの時間。家族という枠の中だけでなく、その場を共有するみんなが家族のような存在になる暮らし方が、粟島の暮らしとそっくりでした。
 いつしか私も、ジャムやパン、梅干しに梅酒と、さまざまなものを手作りするようになりました。もちろん、売っているような完璧さはなく、どこか物足りなく感じるものもたくさんあります。きっとこれから時間をかけて自分の味へと育てていくのでしょう。そんな暮らし方がしっくりくるようになってきました。
ページトップ
ひとりの畑からみんなの畑へ
 最近まで私はシェアハウスに住んでいて、1年目の夏には、家の小さな小さな畑に苗を植えました。
 先ほどもお伝えしたように、畑の経験はありません。畝の間隔も種の蒔き方もわからず、慣れない手つきで作業を始めると、隣のお母さんがやってきました。鍬の使い方から水やりの方法、何でも教えてくれ、お父さんは、カラスに食われないようにとネットをかけてくれました。「手のかかるお隣さんだからな〜」と笑って作業をしてくれます。
 そんな姿を見て、通りかかる人がどんどん立ち止まっていきます。畑の周りがにぎやかになり、粟島銀座だとみんなで大笑いしました。野菜を育てていくと、日に日に愛情がわいてくるようになり、手がかかるけれど、小さな実が出来てくるとより成長が楽しみになってくるのです。
 嬉しかったのは、通った人が育てている野菜を気にしてくれること。「スイカ大きくなってきたな〜」「トマトはもう食べごろだぞ!」と、声を掛けてくれるのです。ひとりの畑から、みんなの畑へと変わってきたことを感じた瞬間でした。
ページトップ
思い出を縫い合わせる
 春から秋の活動的な季節が終わると、11月はフェリーのみの運航となり、島全体が冬支度に入ります。周りが海なので、粟島の冬は風が強く吹き、島の人たちも家にこもりがちになります。
 私も必然的に家にいる時間が多くなり、古いタオルにカラフルな刺繍糸を使って縫い付けていく手仕事を始めました。ミシンで縫えば一瞬ですが、時間をかけてちくちくしているといろんなことが思い浮かんできます。嬉しかったこと、悲しかったこと、恥ずかしかったこと・・・誰に話すわけでもなく、自分との対話の時間。そして、何に使うという目的を決めず、気の向くままの手仕事です。好きな曲を聞きながら、ただひたすら夢中になることで、思い浮かんだひとつひとつの思い出も縫い合わせていくのです。
ページトップ
衣・食・・・ゲストハウス!?
 手作りのおもしろさを感じ始めてから、「やっぱり人の集まる場づくりがしたい」という思いが溢れてきました。この島の生活をもっと多くの人に知ってほしい。おばあちゃんたちとの時間が、私だけじゃないたくさんの人を元気にしてくれるような気がしていました。
 私らしい場づくりを考えていた時期に、地方で活躍する人や働き方の本や雑誌を読むようになり、住みびらき・なりわい・小商い・カフェ・・・そのなかで、ゲストハウスというものを知りました。宿泊もできて、コミュニケーションの場が持てる。これだ!と確信しました。
 実は粟島にはいろんな地域・職種の方がやってきます。普段聞くことのない話に刺激を受けることもたくさんあります。去年は、ある民宿に宿泊されたお客様とカフェで仲良くなりました。そして翌月にも遊びに来てくれ、粟島一周サイクリングをすることになりました。釜谷に着いた頃にはヘトヘトです。その時、コーヒーを淹れてくれたのですが、その美味しさは今も忘れられません。
 「次はお弁当を作っていこう!」なんて話になり、今まではきつい島一周サイクリングだったのに、遠足みたいな楽しいイベントに変わったのは、こうした出会いがあったからです。
 粟島で出会った方同士が交流することで、粟島の楽しみ方がもっと変わってくる。そして大好きな島の暮らしに広がりの可能性を感じたのです。
 思い込んだら進むしかありません。しかも、もうすぐ30代。20代最後の挑戦は大好きな粟島でやっていこう!と決心しました。
 さあ、次回はいよいよゲストハウスへの道のりをお伝えします。
ページトップ
トップページに戻る

制作者
   新潟県県民生活・環境部    新潟暮らし推進課

管理者
   特定非営利活動法人    新潟NPO協会
   メール:webmaster@niiget.jp
   TEL:025-280-8750
   FAX:025-281-0014