教えて先輩!  第17回
  実際に新潟へUIターンされた先輩の体験談です。
 「新潟の好きなところ」や「UIターンする際に苦労したこと」など、先輩たちの等身大のお話が聞けます。
今は帰ってきてよかったと心から思っています
小林肇さん
(2008-12-05 掲載)

職業

研磨業(有限会社小林研磨工業社員)

年齢

33歳

住まい

新潟県三条市

 三条市生まれ。高校卒業後、群馬県にある大学の経済学部に進学。卒業後はさいたま市の厨房機器メーカーに就職。1年間で5回転勤が続き、体力的にも厳しく退社。その後、紹介してもらった栃木県宇都宮市のパチンコメーカーに転職。5年目のときにやむない事情で退社。その時まで全く考えていなかったが、実家に戻り父の会社を継ぐことを考え始める。そして一年間、群馬県太田市の産業技術専門校で学び、その後は群馬県太田市にある商社で3年間勤務。2005年にUターンし、父の会社で働き始める。Uターン後、すぐに群馬県に住んでいた頃からつきあっていた女性と結婚。現在は妻と2人暮らし。
Uターンしたきっかけ
 パチンコメーカーはとても忙しかったのですが、やりがいがあって、この仕事が自分の天職だと思っていました。ところが、やむを得ない事情でその会社を辞めなければならなくなりました。
退社して、これからどうしようかと迷っていた頃に、大学の友人達に会う機会がありました。彼らのほとんどは会社の経営者や自営業など、商売をしています。前から実家が自営業なら帰って家の仕事をやったほうがいいと言われていましが、そのとき、実家が紹介されたTV番組を見た友達がいて、「おまえの実家はすごい。どうせ就職してないんだから、そのまま家に帰れ。戻らないともったいない。」と皆から真剣に説得されました。
 仕事で知り合った方やお世話になった会社の社長にも相談したところ、「自営業をやっているんだったら、こんなところで遊んでいるな。」と言われました。これが最後の決め手になりました。
 父からは「お前の人生はお前のものだから、俺達に迷惑をかけないなら何をやってもいい」と小さい頃から言われていたこともあって、それまでは家の仕事には興味が無く、ほとんど知りませんでした。家の仕事をやろうと決めたものの、工業関係の知識がゼロの状態で、すぐに家に入るのは嫌でした。ちょうどその頃に失業保険をもらいながら技術を学べる職業訓練校というシステムがあることを知りました。全国でも最新の設備が揃っていた群馬県太田市の産業技術専門校に経緯を話して面接してもらい、1年コースに入学が許されました。その学校では本当にびっしりやりました。卒業後は群馬県内の企業で最低でも数年間働くことが入学の条件でしたので、推薦で太田市にある自動車や金属を扱う商社に就職しました。
 その会社での仕事も面白く、責任のある仕事も任されるようになって、実家に帰ることを忘れてしまいそうでした。3年働いた頃に、突然フィンランドへの転勤辞令が下りました。実はその頃、結婚が決まっていたので行くかどうか本当に悩みました。テクノスクールの先生に相談したところ、「新潟に行って、親父さんの後を継いだ方がいいんじゃないか。」と言われ、彼女も新潟へ一緒に行ってもいいと言ってくれたので、今後のことをいろいろ考えて会社を辞めて新潟へ戻ることを決心しました。

→新潟県立テクノスクールのサイトへリンク
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Uターンする際に不安だったことや心配だったこと
 関東での仕事は充実していて、人間関係もよかったし、金銭面でも苦労はありませんでした。そんないい環境を捨ててまで、新潟に戻る価値があるのかと正直なところ思っていました。
 そのうえ、給料が今までの半分以下でしたからお金の不安はいっぱいありました。前と同じ給料をもらうには、自分でいろいろ工夫して売り上げを伸ばさないとならないじゃないですか。自営業をやっている友人達からは、そこが会社を経営するという楽しみというかやりがいだと言われましたが、当初はその感覚が理解できませんでした。でも今はとてもよくわかります。サラリーマンの時とは、目線が全然違うんです。
 帰ってきてからも、仲間がまめに電話をくれたり、遊びにきてくれて、自分の様子をいろいろ聞いて先輩としてアドバイスをしてくれました。自分も月に2、3回くらい群馬に行っていますし、そうしているうちに不安が無くなってきました。
 
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仕事の内容
 最初は研磨の作業を主にしていましたが、今年から本格的に営業に行って仕事を集めることもしています。発注元は県外が9割です。太田市の商社に勤めていたときに、金属、自動車関係の工場とつきあいがあったので、そのときのつながりで営業に行ったり、他の会社を紹介してもらったり、飛び込みもします。営業は100%県外です。北は青森、西は広島まで全国様々なところに行っています。
 今はまだ研磨の技術はうちの職人さんに較べれば下手ですが、実際に研磨の理屈がわかっていないとお客さんに説明することもできません。職人も目指していますが、研磨作業も営業も含めて、まずは一人でも成り立つ体制を自分の中で作りたいと考えています。

→ウェブ新潟文化物語 特集「和釘から世界へ」のサイトへリンク
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現在住んでいる地域の魅力
 新潟の一番の魅力は四季が感じられることです。関東ではいつ季節が変わったのかわからないですよね。冬が冬らしいので春が気持ちよく感じられます。仲間たちの新潟の評判もいいですね。冬のどんよりした雲も「冬らしいね、ロンドンみたいだね。」と言います。新潟は目立った観光地はないけど、きれいなイメージがありますよ。買い物などは東京へ行かなくても新潟市内で全て済ませられるし、最高だとみんなが言います。
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休みの日の過ごし方、オススメのお店
 たいてい、かみさんと二人で新潟市とか温泉とかに出かけたりしますね。美術館巡りも好きです。県外に出ることも多いです。オススメは遠いですけど香川県の直島がすごくよかったです。近場だと彼女が、岩盤浴も楽しめる弥彦の「さくらの湯」を絶賛していました。旧下田村の「いい湯らてい」もよかったです。
 それから最近友人達に誘われてゴルフを始めて、はまっています。コースを周るのは群馬に行ったときですが、週に2、3回は仕事の後に打ちっぱなしに行って9時頃までやっています。

→新潟県・弥彦桜井郷温泉 さくらの湯のサイトへリンク
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Uターンを考えている若者へのメッセージ
 ちょっとでも迷って考えているなら帰って来た方がいいと思います。結局は国内だし住めば都です。戻ってきたときに、いかに自分で周りの環境を作り上げていって、充実した仕事、生活に持っていくかが重要だと思います。自分が暮らす環境は周りで決まるものではなく、自分で作り上げるものだと思います。
 今は帰ってきてよかったと心から思っています。家の仕事をやっていくうちに、がんばらなくちゃならないと思うようになりましたし、最初は給料も少なかったけど、やるうちにのめりこんで、自分でもこんなことができるのかという感じでした。また、自分が手がけた仕事でお客さんから喜んでもらえるのがすごく励みになりました。今は新潟での生活が自分にとってとてもいい環境になっています。
 また関東の友人達と年中情報交換することで、それぞれの地域の特徴があることがわかったし、広い目線で物事を見られるようになり、自分の世界も広がりました。実際に彼らと距離は離れていますが、今でもとても身近に感じられます。

<連絡先>
有限会社小林研磨工業
http://www.kenmaya.co.jp
〒955-0057 新潟県三条市新光町26-44-2
TEL:0256-33-2925 FAX:0256-32-2732
E-mail:info@kenmaya.co.jp


→有限会社小林研磨工業のサイトへリンク
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