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教えて先輩! 第39回
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実際に新潟へUIターンされた先輩の体験談です。
「新潟の好きなところ」や「UIターンする際に苦労したこと」など、先輩たちの等身大のお話が聞けます。
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| この街にとても愛着があります。街の歴史や古さにほっとするんです。 |
| 小川 菜々さん |
(2010-09-29 掲載) |
● | 職業 | : | 呉服屋(きものの小川) |
● | 年齢 | : | 28歳 |
● | 住まい | : | 上越市 |
| 東京の大学の日本文学科在学中に中国へ3週間研修に行く。そのことがきっかけとなり、大学卒業後中国語を学ぶために北京の大学に1年間留学する。その後日本に戻り、京都の着物メーカーで約3年間働いた後、家業の呉服屋を継ぐために上越市(高田)の実家に戻る。現在は呉服屋の仕事を中心に、まちおこしの活動にも関わっている。 |
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| 新潟にUターンした理由(きっかけ) |
大学生の頃、ちょうど精神的に悩んでいる時期に研修で中国に行きました。中国は考え方や価値観が違う人ばかりで、みんなその日を楽しくがんばって一生懸命に生きていました。そういう人達を見ていたら、私は一体何に悩んでいたのかと思ったんです。そのとき中国にすごくパワーをもらったので、卒業後にまた行くことにしました。中国は歴史があるので興味もありましたし、自分はこれができるという何かが欲しかったということもあります。 中国はスケールが大きくて圧倒されることも多いのですが、例えば建築物やお店での対応など、何か一つとってみても、日本人はものすごく気を使っていることを逆に実感したんです。日本人の繊細さが懐かしくてたまらなくなって、1年の語学研修の後に日本に帰ってきました。 その後、実家の縁で中国で着物の加工の仕事もしている京都の着物メーカーに就職し、主に中国関係の仕事をしていました。最初から京都は3年間くらいのつもりで、いずれは家に帰るつもりでした。小さい頃は家を継ぐことは考えてはいなかったのですが、いろいろなところに行っているうちに、この土地に帰ってきたいという気持ちになりました。 家業は父が四代目の呉服屋で、その前の二代は米麹屋でした。代々続くお店を無くしたくないし、古い町屋づくりの家屋も大事にしたい、また土地そのものにも愛着がありました。それで京都で働いた後、そろそろいいかなあと思い戻ってきました。 |
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| 地方で働くことに対する不安はありましたか? |
京都にいるときからこの業界の先行きは厳しいという話を聞いていたので、そういう意味ではこの土地で腰を据えてやっていけるのか、食べていけるだけの仕事があるのかが不安と言えば不安でした。時代の流れから言えば着物を着る人は少なくなっているし、この業界に携わっている人は何年か前から比べると半分くらいになっています。 こちらに帰ってくるという点では、自分の育った土地なので不安は特にありませんでした。 現在は帰ってきて1年半くらいになりますが、業界としての不安は依然としてあります。だけど、それを不安に思ってもしょうがないことだと今は思っています。小さいお店なので、私のやりたいようにお店をつくることもできるわけです。将来どうなるかわかりませんが、お客さんに喜んでもらえるサービスを提供できる呉服屋であれるように、自分がいいと思うことを一生懸命やっていこうと思っています。 |
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| どんなお店を目指していますか? |
お客さんに喜んでもらえるお店にしたいです。売ることばかりに一生懸命になるのは違うと思っていて、お客さんにトータルな面でお手伝いできるのが本当の呉服屋だと思うし、困ったことやコーディネートなど何でも相談にのれるようなお店でありたいです。 例えば「これは付け下げだから高いんですよ。」とは言いたくない。素敵なものだから提案したい。どれだけ素敵かということをどこまで追求できているか、全体のコーディネートをどう提案できるかが大切だと思っています。だけどそういうセンスは一朝一夕には身につけられないので、いいものを見て見て見まくるしかないですよね。 そのために現在勉強中です。トータルにお客様に対応しようと思うと知識が深くないとできないんです。着付けもそうだし、仕立てのことや着物の産地とか種類とか、本当に知識の深い業界なので、勉強も自分の仕事だと思ってやっています。 着物には今の人ががんばっても超えられないくらい昔の人の磨き上げられたセンスがあって、それは飽きない良さになっています。そういうものを大事にする一方で、若い人が気軽に着物を楽しめる提案もしていきたいと思っています。 |
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| 仕事にやりがいを感じる時 |
| お客さんに喜んでいただけたときですね。例えばお客さんがもう着られないと思っている着物を持ってこられて、何とか工夫して着られるようにお直ししてお渡ししたときに、「わー、うれしいわあ。」と喜んでもらえると、そういうときは本当にうれしいです。それから、皆さんに気軽に着物を着ていただくと、すごくうれしくなりますね。 |
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| 休日の過ごし方 |
お店は年中無休なのでお休みは特に無いのですが、自営業で時間の融通がきくので、観たいものがあったら観に行ったり、コンサートを聞きに行ったりしています。それは休みでもあるし、勉強にもなりますし、また、何か用事があるときには休みをもらっています。 まちおこしの活動にも参加しています。この街は「あわゆき組」とか「雁木ネットワーク」とか「高田瞽女の文化を保存・発信する会」とかいろいろなグループが活動しているんです。家が事務局になっている会もあり、家族で関わっています。皆でこの街を元気にしたいと思って活動しています。 高田にはいいものがいっぱい残っているのに、どんどん壊していくばかりで、このままだとただの一地方都市になってしまうと地元の人達が思い始めて、何かやろうよということで平成16年頃からまちおこしの活動が徐々に始まり、今では昔の映画館や町屋の保存活動などもしています。 趣味としては中国滞在時から二胡を始めて、今でも春日山での二胡勉強会に参加しています。 |
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| 地元の魅力 |
高田の街は魅力的だと思います。高校のときに新潟市で寮生活をしていたときから、愛着がありました。自然も豊かで、古い歴史もあって、文化も育っています。田舎ですけど、住んでいる人は文化的な人が多いんです。 それから雪国なので雪下ろしとかみんなで助け合わないと生きていけないですよね。だから昔から譲り合い、助け合いの精神が息づいています。人とのつながりが仰々しくなく、家族みたいな温かいつながりがあります。東京、京都と暮らして、こちらに帰ってきてそのことを身に染みて感じています。 高田に帰ってくると、街の歴史や古さにとてもほっとするんです。最近の観光地みたいな新しい場所でなくて、昔から生活の一部として息づいている街並みがこの街の魅力だし、ホッとする空気を醸し出していると思います。 |
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| 若者へのメッセージ |
都会にいると大勢に埋もれてしまうことでも、田舎では注目されたりとか、田舎でしか出来ないことがあると思います。例えば私が二胡を弾いていると、今度はディサービスで弾いてと声をかけてもらったりしますが、それは田舎だからだと思うんですね。大きすぎない規模だから、何か活動をしていると応援してもらえるし、チャンスも巡ってくると思うんです。何かをやりたい人にはすごくいいフィールドだと思います。 高田は人とのつながりが暖かい街だと思うので、そういうものを大事にしたい人にはぜひ来てもらいたいと思います。若い人が来て何でも言ってもらえると、街の力にもなると思います。 →きものの小川のサイトへリンク |
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